Sureshの夏 24 甲斐駒(2)靴騒動

初日はふもとに泊まるだけなので、ゆっくり出発する。玄関でシュレスは、持参してきた青いスニーカーを履いた。大分履いてきたスニーカーという感じだった。それでトレッキングシューズは置いて行こうとした。

野遊はトレッキングシューズを履くように言った。シュレスは、これでいいと答える。野遊はダメと言った。なんのためにメールや手紙で「トレッキングシューズを持参するように」と、大きく書いたのか、この日のためにだったのだ。

シュレスが言うことを聞かないので、野遊はゴスケに言いつけた。ゴスケは夏休みが終わって明日から出勤なので同行しないが、玄関まで見送りに来てくれて、「甲斐駒に行くんだぞ、そんなスニーカーじゃダメに決まってるだろ」と言い、有無を言わさずテキパキとトレッキングシューズを手提げ袋に入れてシュレスに持たせた。

そして強引にスニーカーを脱がせ、シュレスにサンダルを履かせた。シュレスが持ってきた布製のサンダルは金具がついていて、そこがくるぶしに当たってシュレスの足の皮がむけた(靴ずれ)ので、ゴスケがシュレスに買ってあげた、履きやすい茶色のサンダルを履かせた。
野遊もシュレスは甲斐駒を知らないから、先日の箱根の大涌谷みたいな感じかと舐めているのだろうと思った。

シュレスは不機嫌そうに出発することとなった。

藤沢駅からJRで新宿に出て、あずさで岡谷。伊那市駅からバスで高遠駅。ブスッとしたシュレスを連れて、なんだかよくわからないまま仙流荘に夕方到着し、入浴して夕食を食べて就寝。

仙流荘は山間の山荘っぽいホテルで、シュレスに「Is this a hotel?」と聞かれたとき野遊は肯定したけれど、これがいわゆる日本のホテルってものかとシュレスが思うとしたらだいぶ違うのだけどと、野遊はちょっと困った。山のホテルと答えておけばよかったかな。

でもちゃんとしたお風呂があって、快適だった。夕食は広いお座敷に宿泊客が集まり、低いテーブルを並べて座布団に座るといった田舎の旅館風で、一人用のお鍋物に天ぷら、お刺身、煮物などなど、別に珍しいものも特に美味しいものもなかったが、シュレスはお料理の品目が多いと感じて面食らったようだった。ご飯はおかわりして2膳食べたけれどお料理は手をつけないままのものがあった。

部屋は山小屋感覚で同室でもよかったけれど、ちょっと贅沢して二部屋取った。隣同士だった。シュレスはどうやって就寝するかなと思ったがあんまり世話を焼くのもうるさいかと思って、夕食後は各部屋に引き取った。

野遊は例によってすぐには寝つけないので、部屋を出て廊下を歩いて、再度お風呂に入ってのんびりした。部屋に戻るとき廊下伝いに窓があり、そこからシュレスの部屋の窓が見えたのだけど、もう明かりが消えていた。

・・・野遊は後日、つくづく思ったものだ。もっと面倒をみてあげればよかったと。だってシュレスは、寝るときに着るゆかたも、タオルも使い方を知らなかったのだ。本当に、今つくづく思う。靴のことも。シュレスは、スニーカーで甲斐駒に登れたのだ。サンダルでも、いや、裸足でも登れただろう。シュレスは、どんなに不釣り合いな「ままごと遊び」に付き合わされている心地で眠りについたことだろう。