鎌倉駅前の交差点物語(11)車中の雑談

横浜に行くまでに、特に渋滞はなかったが、すいすいというほどでもなく、50分くらいかかった。
後部座席には職員と千一とわたしがいた。みんな黙っている。何のために沈黙か。わたしは勝手におしゃべり。千さんは普通に会話して通じるということをお知らせしたかった。
「千さん、この鶴岡八幡宮の境内はね、わたしの少学校時代の通学路ですよ。朝は蓮池の花が開いて、池が白く染まるほどでした」
「学校帰りはこの境内で遊んで行きました。朝方雨だったりして、傘を手に持っているときは、帰りに晴れると、たいてい境内のどこかに置き忘れてしまい、どれほど傘をなくしたか数え切れません」
千さんは「フウン」「ホオン」「ワハハ」と、そのたびに細かく反応してくれる。
「だからわたしは折れた傘を持たされ。文句も言わずにぼろ傘で通うので、親がやがてまた新しいのを買ってくれるんです。するとまたなくし」
「千さん、この宝戒寺(北条氏の館)は、わたしの遊び場でした。今は有料ですけど、昔は筒抜けでした。萩の寺とか呼ばれていますけど、観光地用に植えたのでしょうね。あのころはダリアとスイトピーが咲いていましたが、萩なんてなかった」
「その鐘つき堂でね、忍者ごっこをしていたら、つき落とされて、失神して気がついたら夕方になっていて、一人で帰った。親に言うことでもなかった。次の日も同じ仲間と忍者ごっこを・・・」
などと話しているうちに車は朝比奈峠に入って、横浜市だ。
千一は短い言葉で返事をしたり、笑ったりしていたが、職員が同席しているので、いつものような辛口ユーモアは互いに控えた。暗黙の了解だ。
聞くともなしに聞こえてしまうので、時々職員が「グスッ」と笑った。でも口を挟んでこない。
優等生だなぁ。でも、何かはわかってくれたかなあ、これから千さんと友達感覚を持ってね。
そして横浜県警に着いた。