鎌倉駅前の交差点物語(12)横浜県警にて

着いた。約束の時間は14時だったかな。車を降りて見まわすと、見覚えがあった。数年前、劇団てんびん座の公演で、拉致についての作品を上演するとき、警察に行く用事ができてしまって、相鉄本多のガードマン方と共に車で行った。ああ懐かしいなぁとは別に思わなかった。中身もあまり覚えていない。中身って建物の中のこと。ロビーで待たされたが覚えていないものだなぁと感心するほどだ。ただ公演直前の忙しいときに、あわただしく時間を裂いたことが思い出されるだけだ。

でも道路の向こう側の、小さな喫茶店に見覚えがあった。あの日、用事を終えて外に出て、あそこでガードマンたちと事後談を交わしたな。コーヒーとケーキをご馳走になったな。大事な打ち合わせよりも、そのあとのケーキを覚えているわたしって・・・。うふうふと笑みが浮かぶ。

そんなわたしとは対照的に、職員は厳しい表情でてきぱきと千一を車椅子から降ろし、手動車椅子にに乗り換えさせ、建物の中に押して行った。

わたしはつき添いではなくて参考人としているので、なるべく手出しをしないでいたが、ロビーで待っているとき、そうっと彼の耳元で「トイレは?」と聞いた。千一は大丈夫という意思表示をした。朝、出がけに家で済ませただけだろう。こういう場合は心得たもので、彼は長くトイレに行かないでいる。飲み物も明らかに控えていた。千一に、「つわものの心栄え」を見る。

千一は待ちながら、緊張していた。それは、これから県警の担当者方と談合するからではなく、いかにして主旨を伝え、納得してもらい、行動してもらうかの結果を出すことに集中していたのだろう。