朝日連峰縦走(25)赤トンボの飛び交う小朝日岳

大朝日岳の居心地のいいサミットにしばし居座り、静かに野遊はそこを辞した。静かに、それはおごそかな気分というのかもしれない。
下りは2名の登山者とすれ違い、朝日肩の小屋へ戻った。そこに到着したのが、竜の小屋で騒いでいたタキタロウ組だった。何と彼らはこのまま小寺に下山すると言う。
野遊「朝日岳に登らないのですか?」
タキタロウ組「なんでぇ? わざわざ疲れに」
野遊「え、だって」(信じられない)
タキタロウ組「さあ行こう。小寺に車があるから、乗っていってよね!」
野遊が弱かったのだ。車で行けるのは魅力で、下山したらあとはいかにスムーズに帰れるかが頭に残る「決め手」でもあった。ではお世話になります。この道を行きます。

彼らはノロイ。それもムラキあるノロさで野遊は歩きにくかった。
銀玉水でたっぷり休み、小朝日岳の取りつき口に来ると、彼らは、そのまま行こうとする。野遊は小朝日岳に登りたい。これは譲歩できないので、お別れすることにした。
彼らは「追いかけてきてくださいよね」「待ってるからね」と口々に言ってくれた。
「追いつけたらよろしくお願いします」と言って別れた。

踏み慣らされていない感じの登り道がしばし続き、腐った枯れ葉をザクザク踏んで立ったのがピーク。このピークに近づく首根っこも、それらしい風格があった。
朝日岳はちゃんとした指道標が立っていたがわかりにくい。それは、「ここがどこです」がわかりにくいのだ。「こちらはどこに行きます」がわかりにくいのだ。この連峰はそういう道標が多かったので、野遊はすでにちょっと慣れていたが。

鼻先すれすれを、勘弁してくださいというほど赤トンボが飛び交っていた。視覚的には騒がしいのだが、閑散とした無音の世界だ。登路はほかにもあり、このまま鳥原山にも行ける。また心がぐらついた。
でも今から鳥原山に行くわけにはいかなかった。追いつけたら行きますと言ってしまったのだから。それをしたら、無連絡の主旨替えになってしまう。
こういう考えは個人的に角度さまざまだろうが、野遊のこれが尺度だった。

朝日岳の下りは枯れ葉でスルスルしていて、滑り台みたいだった。枯れ葉のスキーだ。すぐに降り立ったが、もうだれもいない。