朝日連峰北方 4、石川天狗さんと遠藤竜門さんが現れる

玄関に、誰かが寄った。女将さんが野遊に「石川さんが来た」と、声を弾ませたので見ると、背の高い男の人が立っていた。野遊は昨年お世話になった山田天狗さんが、この春から引退されたことは知っているが、新しく天狗小屋の番人さんになった人を知らない。山じいたちからお名前は聞いてはいたが、石川さんとだけ急に言われてもピンとこなかった。

けれどその人の隣にいたのが、なんと竜門小屋の遠藤さんだったのだ。遠藤さんは野遊に微笑みかけてくださり、野遊は驚きと嬉しさでいっぱいになった。遠藤さんが石川天狗さんを紹介してくださった。

女将さんが、野遊は明日天狗の小屋に泊まりますと石川天狗さんに伝え、天狗さんは「今日下るけれど、きれいにしてあるから、ゆっくりしていってください」と言った。天狗小屋は週末の土日、番人さんが入るのだ。明日は月曜日、無人となる。彼らの車が出るとき、野遊は外に出て行って見送った。

・・・さあ・・・天狗の小屋から次の日はどこへ行くのかは聞かれなかった。野遊はむしろ聞かれなくてホッとしたのだが。「そんなとこひとりで行くな」と言われたら困るからね。女将さんにも言っていない。明日は障子を超えることしか。それ以外は聞かれていないので。

家を出るときに計画書を置いてきているし、山じいにはメールで行程を書き送っている。

遠藤さん方を見送ってから17時、温泉のゆったり館に行った。
そこで長い間まったりして、橋本荘に戻った。18時過ぎ、夕食タイム。どなたかあとから見えるそうで、もう一人分の食事の用意がテーブルに置かれてあった。ミニトマトの砂糖酢漬け、茄子のお浸し、根菜の煮物、枝豆、サラダと豚肉のソテーなどが出て、どれも大変おいしいかった。野遊はビールを飲んだ。今度飲むときは無事朝日屋さんに着いた夕食ね。

橋本荘さんに、山梨から届いた大きなブドウをふた房、野遊はエッチラオッチラ持ってきたのだが、少しつぶれていただろうか。朝方入れた小型のアイスノンは温かくフニャフニャになっていた。ブドウの国山梨から、ブドウの国山形へ。女将さんは「貴重なものを」と、お礼を述べてくださった。心が通じたような気がしてうれしかった。朝食のおにぎりは2個だが、野遊はお昼も一緒にと、3個作ってもらった。会計もこの日のうちにすませた。

食事を終えて2階の部屋に行き、明日の準備をする。今回はハイドレーションを持ってきている。1,5ℓ入りに1ℓ強、水を入れ、500mℓのペットボトルにポカリスウェットを作る。もう1本のペットボトルにはお茶。それと小さなボトルに青汁蜂蜜を溶いて入れた。締めて2,5ℓ。昨夏より1ℓ多い。

おにぎりも入れ、かっちりとパッキングを済ませた。登山靴は玄関に置いてある。あとは寝るだけだ。

例によって眠れなくとも、野遊は覚悟できていた。目をつむっていればいいのだ。でも寝られたらいいなあ。もし明日ヘタレて、障子にほうほうの体で着いたとしたら、野遊はこの時こそ自分の限界を知ろう。次の日、大井沢に下る決意を固めている。(だからあんまり人に言いふらしたくなかったんだ)

目を閉じていると、何だろね、ジョン・レノンの歌声が聞こえてきた。
"Imagine there's no heaven. It's easy if you try"
何度も聞こえてくるので、思わず心で口ずさんでみると、字余りになってしまって、なんだか上手に歌えない。何度も繰り返していくうちに・・・眠ってしまった。

(写真は橋本荘の夕食。煮物は少し食べてしまった^^;)*