朝日連峰 障子ヶ岳 13 「縦走断念」

小屋に着くと、渓流釣りの宿泊客が数人と、野遊を追い越して行った二人組、写真家さんなど、みんなで酒宴を開きながら、野遊のことを心配してくださっていたようだ。
渓流釣りの人たちにドラマティックによかったがられ、手伝いましょうと必要以上に面倒をみられ、水入れを出しなさい、この水入れには何を入れていたのですか、ジュースはダメですよ(?>.<?)とか、呼吸は乱れていませんか、横になりますかなど、慌しく祭りあげられて、酔いのまわった彼らの、野遊はいい酒の肴である。

野遊は渓流釣りの人の善意溢れる監視のもとに着替え、これでもかというほどお水を飲んでもうすっかり水分を欲していないのに、温かい甘いコーヒーをまずは飲みなさいと飲まされ、やがてみなさんの待つ居間(土間を挟んだたまり場)に座らなければならなかった。小屋番の天狗さん、ブルーベリー氏、福島の人、写真家さん、渓流釣り連、8人ほどが集っていた。

野遊が食べられなかった朝食のおにぎりを提供すると、野遊の隣に座っていた山屋さんは、その大きなおにぎり2個と、ゆで卵をお鍋に入れてラーメンと一緒に煮た。
皆さん、お鍋からよそって酒宴のあとの食事だ。ハムを持っている人がいて、野遊がバターを塗ったフランスパンを出したら、サンドにして食していた。

・・・野遊は、もう食糧を取っておく必要がなかったのだ。
まさか明日、このまま上に登りますとは言えなかった。「縦走は断念」である。

野遊はじっと我慢の子であった。みなさん酔っているので何度も同じことを言う。
渓流釣りのリーダーらしき人が、野遊に「今日のことは決して忘れてはならない云々」と説教を始め、野遊は神妙に聞いていた。謝ると「わかっているならいい」。

飲酒してワイワイやっていた連中が説教して、助けに来てくれた登山者連は「よかった」と、野遊を責めない。登山者連は野遊の恥ずかしさを感知しているのだろう。泣きそう。

22時になっても元気に飲んでいる。早立ちの登山者はいないのか、渓流釣りの人たちは明日はバカ平から下山、写真家さんは撮影滞在、二人組は多分狐穴小屋方面だと思う、あの荷の大きさからして。狐泊まりなら早立ちしなくてもいいのかもしれない。

ブルーベリー氏も狐までだそうだ。彼は「振舞いビール」を天狗と狐に持ってきているのだった。次の日狐穴小屋に午前中着いて、その次の日バカ平に下ったそうだ。
ようやくお開きになって野遊が二階にあがりシュラフに入ってから、今日のことが思い浮かんで、あんなに眠かったのがウソのようだった。